2017.12.05

知ってるようで知らなかった!味噌の発祥と歴史について

歴史

 

知ってるようで知らなかった!味噌の発祥と歴史について

 

 

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料理の「さしすせそ」といえば和食の基本調味料ですが、「そ」といえば「味噌」のこと。このように日本人に親しまれている味噌ですが、その起源は?と聞かれたら案外答えられない方も多いのではないでしょうか?そこで、味噌の発祥と歴史について紹介します。

 

味噌の起源には二通りある

 

味噌の起源は「中国伝来説」と「日本独自説」の二通りがあるのはご存知でしょうか。いずれの説にしても味噌の歴史は1000年以上に及びます。大豆発酵食品であり、良質なたんぱく源でもある味噌は長い年月にわたり日本人の食生活を支えてきました。「中国伝来説」とは、古代中国で作られていた「醤(しょう・ひしお)」が、7世紀頃遣唐使によって伝えられたという説です。醤は鳥獣の肉や魚、雑穀を麹と合わせ塩で漬け込んで作られたもので、肉を漬け込んだものを「肉醤」、魚は「魚醤」、穀物は「穀醤」と呼びます。日本には飛鳥時代に中国から伝えられました。文献で初めて見られるのは平安時代の大宝律令。「未醤」という文字がかかれており、この「みしょう」から「みそ」と呼ばれるようになったとされています。一方の「日本独自説」ですが、弥生時代に食糧の保存方法の一つとして誕生したと言われています。食品を塩漬けにすることで腐敗を防ぐほか、味もよくなったことから、大豆を煮てから塩に漬ける方法が生み出されました。これが味噌の起源という説もあり、縄文人の生活跡からはどんぐりで作られた味噌のような食料があったこともわかっています。

 

 

もともと味噌は贅沢品だった

 

味噌の発祥自体は中国から伝来されたのか日本独自のものなのかは判明していないものの、味噌が古来より親しまれてきたことには変わりありません。味噌の歴史を平安時代まで遡ってみると、平安時代には寺院や貴族階級で珍重され、贅沢な高級品とされていました。味噌汁などの調味料として料理に使われることはなく、おかずや薬として食べ物につけたり、なめたりといった食べ方をしていました。庶民の口にはまず入らなかったようです。鎌倉時代には武士の食習慣として「一汁一菜」という形が提唱されたのと同時に、味噌汁という形で味噌を食べるのが流行りました。中国から来た僧の影響ですり鉢が使われるようになり、粒味噌をすりつぶすようになったのも影響しています。

 

味噌は贅沢品から庶民の味に

 

味噌が庶民の口に入るようになったのは室町時代からです。大豆の生産量が増えたことで農民たちも自家製造をはじめ、裕福な庶民を中心に全国に広がっていきました。戦国時代には貴重なたんぱく源として戦場での食料として携帯されていました。戦国武将たちもこぞって味噌作りを推奨しており、武田信玄「信州味噌」や伊達政宗「仙台味噌」などはこの時代に作られた味噌として有名です。ますます味噌文化が発展していった江戸時代。江戸では女性よりも男性の人口が多かったことから外食文化が栄え、味噌汁が庶民の味として浸透していきました。また、味噌を使った料理が多く作られるようになったのもこの頃からです。

 

今では故郷の味としても親しまれている味噌

 

誕生以来、長きにわたり日本人の食生活に深く根ざしてきた味噌は、日本各地で採れる穀物や気候風土などに合わせ、様々な形で発展してきました。現代では、全国でその土地ならではの特色をもった味噌が作られており、故郷の味として親しまれています。

 

 

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